死の迎え方

 国立歴史民俗博物館の准教授山田慎也さんは新潟県佐渡島の調査で、相応の年齢になると死に対する周到な準備(死装束用の木綿の晒しや麻布の準備、遺影の撮影、戒名を受けておく等)を行い、「本人も周囲の人もある程度準備され予定された死を迎えるのが理想的」とする死生観が、そこに生きられている様子を伝えています。この地域では「予期せぬ突然の死が最も忌むべき死」で、就寝中の突然死などは「ネムリジニ」といい、変死の扱いとなるのだそうです。死の準備を実際に行動に起こすことに最低限必要なことは、「死を迎えるという意識をすること」であると述べています。(山田,2007:78-80)しかし、医療史の立場から北里大学名誉教授新村拓さんは寿命の伸びこそが、死への歩みを間延びさせ、今日の我々の死に対する意識を希薄化させてきたと指摘しています。歴史的には日本では「40歳を初老とし、60歳以後を老年期とみなすことが古来以来、現代に至るまでたいした変化もなく続いていた」ことは、「時代間における平均寿命の格差を考えると大きな驚きといってよい」と述べています(新村 2001:2-4)。

参考図書

● 山田慎也『現代日本の死と葬儀 葬祭業の展開と死生観の変容』東京大学出版会2007
● 新村拓 『在宅死の時代 近代日本のターミナルケア』法政大学出版局2001